湖面に写る月の環

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(……わかりやすいんだよ)
探偵という職業は正しい事を暴く職業だ。彼の顔は、どこからどう見ても嘘をつくことを極端に嫌っている表情で。
(探偵も難儀だな)
僕はちらりと探偵少年を盗み見る。出会ったばかりだというのに、“彼”という存在の情報量は異常だ。高校生で自称探偵を名乗っていて、更に自身を神だという。観察眼は探偵の名に恥じないくらいにはよくて、過去を視る事も出来て、甘党で、頭のネジが二、三本外れているような変人で。――きっとこういう人間を、“主人公”というのだろう。自分には一生なる事のない存在。生まれ持った、特別な素質。
(……いいなぁ)
「――ぃ……おい」
「……あ、……え?」
「そろそろ帰るって。聞いてなかったのか?」
ふと飛んでいた思考が引き戻される。視界に大きく映った探偵少年に堪らず仰け反れば、既に伝票を持ったちゅう秋がレジへと向かっているのが見える。呼びかけて来た探偵少年も荷物を既にまとめていたようで、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
(まずいっ、意識飛んでた!)
慌てて残ったコーヒーを飲み干して、勢いよく立ち上がる。
「わ、悪い。ちょっと考え事してた。行こうか」
僕は少年の視線から逃げるように早歩きでレジに向かうと、既にお会計を終えたちゅう秋と目が合う。驚いた顔をした彼は、しかし何を言う訳でもなく扉を開けて店を出た。その後ろについて行くように、僕たちも店を後にする。
「それじゃあ、申し訳ないけど俺はこれから用事があるから、これで」
「お、おう。気を付けてな」
「ありがとう」
ちゅう秋はにこやかな笑みを浮かべると、背を向けて歩き出した。その背中を見送れば、次に探偵少年が「あっ!」と声を上げた。その声に肩を震わせて振り返れば、顔色を真っ青にした探偵少年と目が合った。どうやら何か用事を忘れていたらしい。わかりやすい奴だ。
「せ、先輩!」
「わかったから行ってこいって」
「お、おう!」
今から走れば、何て言う彼を見送るために手を上げれば、パシリと叩かれる。――ちょっと待て。なんで今ハイタッチした。
「また今度な!」
「お、おう」
ニカリと太陽のような笑みを浮かべる彼に引っ張られるように返事を返せば、少年は一気に走り出した。案外早いその足に驚きつつ、僕はぽつりと一人佇む。
「……一人になったな」
ぽつりと呟けば、その声は誰に拾われる事もなくころころと足元を転がっていく。どうにも虚しい気持ちが込み上げてきて、僕は自身の感情を振り切るように走り出した。
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