湖面に写る月の環

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(変なところで鋭いよな、こいつ)
探偵の勘とでも言えばいのか。迷惑だと思っていることは気づいてくれない癖に、何かしら変化したことがあると真っ先に気がついて指摘してくる。その鋭さをもう少し別のところで活かして欲しいが、きっと無理なのだろう。これだけ毎日のように一緒にいれば、嫌でもわかってくる。
「ま、解決したようで何よりだな」
すとん、と隣に腰を下ろしながら告げる少年に、僕はバツが悪くなったように目を逸らした。話していないはずのことを彼が知っているということは、恐らく見られたのだろう。自分の過去を。
「……悪かったな、変なの見せたみたいで」
「別に。俺が勝手に覗き見ただけだからな」
「それもそうだ」
彼の言葉に、頷く。確かに、彼の力が勝手に覗いただけのことを、自分は当たり前のように謝ってしまった。コントロール出来ているのかは分からないが、これに関して自分は被害者と言っても過言ではないわけで。
「つーか、分かってるなら覗くなよ」
「覗かなくても先輩のはわかる」
「とことん失礼だな」
先輩への敬いなどとうに期待はしていないが、だからといってそこまで落とされる筋合いも無い。……まあ、少年に言ったところで、改善はされないのだろうけれど。
「そんなこと言ってると、お前一生独り身になるぞ」
「別にいい」
「はあ?」
パンに齧り付きながら告げる彼に、僕は素っ頓狂な声を上げた。健全な男子高校生にしては珍しい返答に、一瞬理解が追いつかなくなる。
(別にいいって……)
「……そんなこと言ってもモテないぞ」
「モテるために言ったわけじゃない!」
「じゃあ、なんで?」
くわっと食いかかってくる彼に、疑問を投げつける。……そういえば、彼は人気者の癖にそういう浮いた話を今まで一度も聞いていない気がする。探偵少年は苛立たしげにパンを噛みちぎると、ろくに噛みもせずごくりと飲み込んだ。
「そもそも、そういうのに興味が無いんだ」
「えっ?」
「だから、興味ないんだって」
再度言われた言葉に、僕はやっと彼の言っていることを理解した。
(意外だな)
彼の事だから『自分を好きにならない女性なんかいない』と思っていると思っていたのに。
「俺は名探偵だからな。分かりきってる謎をわざわざ解いてる時間もない!」
「わかり切っている?」
「わかり切ってるだろう。恋愛なんて」
視線を逸らし、不貞腐れるように言っている彼に、僕は複雑な心境が込み上げてくる。
(本当にそうなのか……?)
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