婚約者の浮気相手が子を授かったので
 今は、目の前にエルランドがいたため、わけのわからない薬を口に入れることを止めた。
「父上。ちなみにこの薬の出どこは?」
「ああ。どうやらウロバトの露店のようなのだが、それを手に入れた者たちの記憶も曖昧でな。どこの露店から買った、という確実な証言を得ることもできないのだ」
「自我を忘れると共に、記憶を失う……。危険な薬に違いはないな」
 エルランドは塊になっている薬をじっと睨みつける。外観から何か、情報を得ることはできないかと、探るように。だが、ファンヌも口にしたように『違法薬』の特徴は見当たらない。見た目はいたって普通の『薬』である。
「エルランド。できれば、この出どこも探って欲しいが。可能か?」
「ある程度成分がわかれば、絞れるかと……」
 肘を折り、手の平で口元を包むエルランドは何かを考え込んでいるように見えるのだが。
「エルさん?」
 ファンヌが不安になって彼の名を呼ぶと、エルランドは苦しそうに眉根を寄せた。
「どうかされましたか?」
「す、すまない……。この『薬』……。ベロテニアの者にとっては、危険なものかもしれない……」
 口元を押さえたままのエルランドは、そのまま動かずじっとしている。だが、頭の上から何かが生えてきているようにも見えた。
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