婚約者の浮気相手が子を授かったので
 王妃と二人きり。
 この空間がファンヌに緊張を与える。王妃を敬うという緊張ではない。何か、悪いことが起こるのではないかという緊張だ。
「ファンヌさん。エルランドのこと、驚いたでしょう?」
 あの場で何が起こったのか。すでに話は王妃の耳にも届いていたようだった。
「はい……。あのように苦しむ姿を見たことがなかったので……」
 エルランドは仏頂面であったとしても、苦しむ様子をファンヌに見せたことはなかった。難しい顔をしていたとしても、それは悩んでいたり、何かを考え込んでいたりするときで、何かに耐えようとしていたときではない。
 それに、このベロテニアに来てからは、エルランドはいつも微かな笑みを浮かべていた。
「エルランドはね。先祖返りと言われているの」
 先祖返り――。
 何代も前の先祖が持っていた形質が突如と現れるもの。ファンヌはそう理解している。
「ベロテニアは獣人が建国された国とされていることはご存知でしょう?」
 ファンヌはゆっくりと頷いた。ベロテニアといえば、獣人。だが、他国との交流が始まったことでその血は薄れていることも。
「王族は、獣人の血が濃いとされているけれど、それは他の人と比べたらとの話で。今は、獣化(じゅうか)するような者たちもいないのよ」
 それはファンヌも気づいていた。獣人の国と呼ばれているベロテニアであるが、王都で出会う人々の中に、獣の耳や尻尾をはやした人たちはいなかった。
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