婚約者の浮気相手が子を授かったので
 このように彼の寝顔を見るのは初めてかもしれない。
(どうしよう……。可愛く見える……)
 いつも老け顔であると思っていたエルランドの顔であるが、前髪をすっきりとさせ、銀ぶち眼鏡を外したら、ちょっとだけ若返ったように見えた。だが、このように無防備な寝顔を見せられると、聞いていた年よりも幼く見えるから不思議だった。
(あ、睫毛が長い……)
 ファンヌがベロテニアに来てから半年が経とうとしているが、エルランドの顔をじっくりと見つめることは初めてだ。まして寝顔など。扉の前のテーブルが二人の部屋の行き来を邪魔している。
 穏やかな表情で眠っている。だからファンヌも彼の顔を穏やかな気持ちで眺めていた。
(でも、エルさんがこのまま目を覚まさなかったら……)
 ふと、そんな不安がファンヌを襲う。
(でも、大先生はそろそろ目を覚ます頃だって)
 ファンヌの心の中にはさまざまな「でも」が生まれ始める。
(でも、大丈夫)
 エルランドが苦しそうに顔をしかめた。驚いてファンヌは彼の額に触れる。
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