婚約者の浮気相手が子を授かったので
「ありがとう」
 エルランドの声が聞こえた。ファンヌも流れた涙をぬぐい、笑顔を向ける。
「エルさん。帰りましょう。帰っても大丈夫だって、大先生がおっしゃっていました」
「だが、あの『薬』は?」
 エルランドとしても、国王から依頼をされた例の『薬』のことが気になるのだろう。
「はい、大先生に教えてもらいながら、成分分析中です」
「師匠が? そうか。ファンヌ一人では、まだ成分分析ができなかったな」
「そうなんですよ。ですが、わけがわからないのに、エルさんにあの『薬』を近づけるのは危険ですし。ということで、大先生に相談しました」
「うぐっ……」
 エルランドが悔しそうに顔を歪ませた。本当に悔しいのだろう。
「エルさん。起きますか? 何か、飲まれますか?」
 ふとファンヌは、同じようなことを体験したような感覚に襲われた。
(あ、あのとき……)
 それは婚約を決めた日。あの日の朝、きっとエルランドはこのような気持ちでファンヌが目を覚ますのを待っていたのだろう。
「ああ、大丈夫だ。できれば、すぐにでも帰りたい……」
 属性引きこもりのエルランドは、慣れない場所が好きではない。『研究室』か自室か。そこが彼の落ち着く場所なのだ。そこに『ファンヌの部屋』が追加されたのも、こちらに来てからのこと。
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