婚約者の浮気相手が子を授かったので
 エルランドは机の上に両手をつくと、薬草の名が羅列してある帳面を上からじっと見下ろした。そのままぴくりとも動かない。ただ、目を細め、薬草の名を見つめているだけ。
 ファンヌはそんなエルランドの様子を見守っていた。
「わからないな……。ファンヌが言う通り、これには違法な物は含まれていない。なぜオレがあんな状態になったのか、この薬草からではわからない」
「ですが、この薬草。あの工場で使っていた物ばかりなのです」
 ファンヌの言葉に、エルランドの目尻がぴくりと動いた。
「となれば……。新たに実験をするよりは、過去の文献を確認したいな……。だが、ここには……。やはりパドマの方が……。いや、それは……」
 エルランドの独り言モードが始まった。このときのエルランドは放っておくのが無難である。声をかけても、彼にその言葉は届かないからだ。
 だがファンヌはエルランドの言いたいことをなんとなく理解していた。『パドマ』という言葉が聞こえたことから、彼は向こうにいきたがっている。
 学術の都市パドマと呼ばれているだけあって、あそこの学校や王立図書館が保持している文献は、ウロバトにある図書館の何十倍以上である。過去の論文なども、パドマの学校図書館には何十年、何百年分も保管されているのだ。
「エルさん、パドマの学校に行きましょう」
 ファンヌが提案をした。恐らく彼は、パドマの学校図書館に行きたいはずだ。だが、彼がそれを言い出せないのは、ファンヌのことを思っているからだ。
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