婚約者の浮気相手が子を授かったので
 だが、始まった王太子妃教育と、王宮の工場(こうば)における製茶の管理。それらがファンヌの『研究』の時間を奪っていった。
「陛下は知らないですよ。だって陛下がいない隙に手続きを済ませてきましたので」
「な、なんだって。何をやっているんだ、君は。いや、あの(くそ)王太子か」
 ファンヌには今、「くそ」というお下品な言葉が聞こえたような気がしたのだが、エルランドがそのような言葉を口にするはずはないだろうと考えたため、気のせいだと思うことにした。
「ですから、その隙に学校に戻ろうかと思っていたのですが。先生がお辞めになるのであれば、難しいですよね。って、先生。なぜ、急に学校をお辞めになるんですか?」
「いや、その前に理由を聞かせてくれ。君たちが婚約を解消した理由を」
 納得いかない、とでも言うかのように、エルランドは腕を組んで足を組んで、じっとファンヌを見つめている。
「そうですね。クラウス様には思いを寄せている女性がいらっしゃいまして、その方がご懐妊されたのです。そしてその方を正妃にしたいそうなんです。ですから私は、潔く身を引きました」
「いや、なんだろう……。本来であれば君に同情すべきような話なのだが……。同情できない。むしろ、婚約解消できてよかったな、という言葉しか出てこない」
 それはファンヌが明るく報告したからだろう。少し悲壮感を漂わせて、涙の一つでも見せればエルランドも同情してくれたのかもしれない。
 だが、ファンヌが欲しいのは同情ではない。『研究』に打ち込める環境なのだ。
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