婚約者の浮気相手が子を授かったので
 エルランドがファンヌのお茶に興味を示し、薬草と掛け合わせることを提案してくれたあの日。初めて『調茶』したお茶は苦かった。二人で顔をしかめて「でも、体には良さそうだな」と笑い合った。
 ファンヌは込み上げてくる涙をなんとかこらえながら、あのときと同じ『調茶』を行う。
「エルさん。お茶を淹れました」
 銀のトレイの上にお茶の入ったカップを置き、寝台の隣にある小さなテーブルの上に乗せた。仄かにお茶の香りが部屋に漂う。
 不思議なことに、ファンヌには彼の髭がヒクリと動いたように見えた。だが、それも一瞬。
 ――どんな姿になっても愛している。
 口ではいくらでも言える。例えそれが本心でなくても。だから、行動で示さなければ疑われてしまう。
『呪われた王子様は、真実の愛によって目覚めるんだよ』
 ハンネスの言葉が頭の中で木霊する。
(たったそれだけのことで、この人が目覚めてくれるのなら。私は何度でも……)
 眠っているエルランドは獅子の顔を保ったまま。それでもファンヌは眠る彼の唇に自分の唇を重ね、目を閉じた。
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