婚約者の浮気相手が子を授かったので
 髭が頬にふれ、ちょっとだけくすぐったい。思わず、ふふっとファンヌから笑みがこぼれてしまった。
「ファンヌ……。笑いながら、口づけをする奴がいるか?」
 驚いて顔を離すと、目の前には碧眼を細く開けているエルランドの顔があった。
 いつの間にか獣化が解けている。ほんのわずかな時間であったはずなのに。ファンヌが目を閉じていた、わずかな時間。
「えっ。えぇえええっ」
「そんなに驚くな。それよりも喉が渇いた。先ほどからお茶の香りがする」
 もぞもぞと身体を起こしたエルランドに、ファンヌは先ほど淹れたお茶を手渡した。
 少し冷めてしまったお茶を、エルランドは一気に飲み干した。
「体には良さそうな味だな」
 そう言って、エルランドは笑った。
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