婚約者の浮気相手が子を授かったので
「坊ちゃん……。大事なことはきちんと伝えましょうね」
 ショーンの嘆きが聞こえてきたような気がするが、ファンヌはそれどころではない。
「先生。あの扉、鍵はかかりますか?」
「かからない」
「では、あの扉の前に……。あのテーブルを移動させても良いでしょうか」
「君が好きなように」
「ショーンさん。申し訳ありませんが、あのテーブルをそちらに運んでいただいてもよろしいでしょうか?」
「承知しました」
 と答える彼の口調は明るいのだが、目線はしっかりとエルランドを捉えていた。それに気付いた彼は、わざとらしく視線を逸らしている。
「ファンヌ。荷物を置いたら、お茶にしようか。屋敷内を案内したい」
「そうですね。これほど広いお屋敷ですから、早く覚えないと迷子になりそうです」
「ファンヌ様。もし迷われた時は、我々にお声がけください」
 ショーンがファンヌに対して好意的であることが、慣れない土地で不安を抱えている彼女の心を軽くした。
「ファンヌ。着替えるか? 手伝いが必要なら侍女を呼ぶ。紹介もしなければならないし」
「いえ。特に着替えたいとは思っていないのですが。このままの格好ではよろしくないのでしょうか?」
 ファンヌはいつものシャツとトラウザーズという姿だ。
「坊ちゃん。きちんと言葉にしないと伝わらないことだってあります」
「わかった……」
 とエルランドが呟いた。
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