婚約者の浮気相手が子を授かったので
 ヘンリッキの執務室の前の扉に立ったファンヌは息を吐く。先ほどから何度ため息をついたことだろう。
(お父様とお母様とお兄様が、この中には揃っているのよね……。ああ、もう。間違いなく()()がお父様たちの手に渡ってしまったということじゃない)
 呼吸を整え、手櫛で髪を整えてから、扉を叩いた。
「ファンヌです」
「入りなさい」
 扉の向こうから聞こえてきたのはヘンリッキの声。この声色は、決して機嫌がいいとは言えない声色だ。
 ガチャリ――。
 開けた扉をまた閉めて、この部屋を立ち去りたい気分だった。
 執務室のセピア色の床の上にチャコールグレイのソファが二つ、テーブルを挟んで向かい合って置いてある。窓を背に執務用の重厚な黒い机があり、壁もベージュでどことなく落ち着いた雰囲気の部屋。
 執務室に足を踏み入れたファンヌが目にしたのは、ソファにヘンリッキとヒルマが並んで座り、その向かい側に兄のハンネスが難しい顔をして座っているという状況。
「座りなさい」
 ヘンリッキが、ファンヌにハンネスの隣に座るようにうながす。
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