ビター・マリッジ
「確かに否定はできないが。そっちはどうなんだ? 俺が止めなかったら、今夜はあの男と過ごすつもりだったのか?」
小山くんの言葉に少し心が傾きはしたけれど、私は多分ギリギリのところで幸人さんを思い出して踏みとどまったと思う。
結局、幸人さんの気持ちが私になくても、私の心の中には彼がいるのだ。秘書の女性のことで思い悩んで自棄を起こしそうになるくらいに。
「そうなってたかもしれませんね」
自分の気持ちを認めてしまうのが悔しくて、ふいっと視線を逸らすと、窓越しに目が合った幸人さんが私の肩をつかんだ。
そのまま強い力で引き寄せられて、幸人さんの胸に頭がぽすっとぶつかる。
「それは、問題だな」
低い声が落ちてきて、引き寄せた頭を抱きしめられる。想定外の幸人さんの行動に、胸がドクドクと騒いだ。
「これからは誤解されないように善処する」
「わ、かりました……」
幸人さんに強い言葉で断言されて、彼の腕の中でよくわからないままに頷く。
そっと顔をあげると、幸人さんの黒の瞳が真っ直ぐにじっと私を見つめていた。
相変わらず感情の読めないその瞳が、今はほんの僅かだけれど熱を帯びているような気がする。