ビター・マリッジ
お風呂から上がった私に気付くことなく、ノートパソコンのキーボードを忙しそうに叩いている幸人さんの背中をじっと見つめる。
最近も幸人さんは仕事で帰りが遅くなることが多い。
忙しそうなことは以前からあまり変わらないけれど、今夜は私の誕生日のために時間をとってくれたのかもしれない。そう思ったら、胸の奥がキュンとした。
仕事をする幸人さんの背中を無言で見つめていると、パソコンから顔をあげた彼が窓に映る私に気付いて振り返る。
「いつからそこに立ってたんだ?」
「さっきです」
そう答えると、幸人さんがほんの少し眉根を寄せながら私に手招きをした。
促されるままに近寄ると、幸人さんまであと数歩のところで手を引かれた。よろけた身体が、足を開いて座った幸人さんの真正面から抱き止められる。
「だいぶ前からそこにいただろ。肌が冷えてる」
抱き寄せた私の首筋に鼻先を寄せた幸人さんに指摘されて、ドキリとした。
少し前までの幸人さんなら、こんなふうに私を呼んで簡単に抱き寄せたりしなかったし、私のことをここまで気にかけたりはしなかった。
肌に触れる幸人さんの手の温度はひんやりと冷たいのに、今までとは違う彼の態度が私の身体を熱くする。