ビター・マリッジ
「確かに、対外的には意識的に笑うようにはしてるかもな。仕事相手の前では特に。気を抜くとすぐ仏頂面になるから気を付けてるが、あれはすごく疲れる」
「え?」
「梨々香は俺が誰かに笑いかけてたとか、そういうことにやたらと拘るんだな。俺が梨々香に愛想よく笑いかけてないと思われてたんだとしたら……きっとお前の前では気を遣わなくて済んでたんだろう」
幸人さんに言われて、私は初めて自分の思い違いに気が付いた。
私はずっと、幸人さんが秘書の女性や姉に綺麗に笑いかけるのは、彼女たちに対する好意からだと思っていた。
だけどそうではなくて、幸人さんの笑顔が気を許していない相手に対する気遣いによって意識的に作られたものだったのなら……全然意味が違ってくる。
幸人さんは妻としての私に少しは心を許してくれていたから、私の前での作り笑いが必要なかったってこと……?
そんなこと、ちゃんと言われないとわからない。でもわかってしまえば自分の思い違いが恥ずかしくて、思考回路が爆発しそうになった。
「ちょっと待ってください。でも、幸人さん、言いましたよね? 私と結婚したのは、四ノ宮グループとの縁が欲しかったからだ、って。それに、私とその、す、するのだって、菅原工業のための後継者を作るためだけだ、って……」
結婚式の夜に、冷たい声ではっきりと断言されたはず。