ビター・マリッジ
結婚直後は互いに言葉少なで、俺も梨々香も相手への配慮が欠けていたり、思っていることをぶつけずに溜め込んでいるところがあった。
そのせいで、俺が秘書と浮気をしているのではないか?という誤解を梨々香に与えていたわけだが。
あの頃の俺の配慮の足りなさが、今でも梨々香を悩ませて不安にさせていたとは……。
今も、帰宅した俺のジャケットに、移り香がないか確かめるのがクセになっている……、なんて。
かなり、由々しき事態だ。
コーヒーを啜りながら眉間を寄せていると、向こうから秘書の遠山が書類を持って近付いてくる。
彼女がそれをデスクに置きながら、やや顔を近付けてきたところで、俺は手のひらを突き出して彼女を制した。
「待て、それ以上寄るな。匂いが移る」
「はぁ……何言ってるんですか、副社長」
俺に行動を制された遠山が、綺麗に整えられた眉を寄せて、心底面倒臭そうな表情をした。