ビター・マリッジ
「これ、午後の会議の資料です。内容を確認して不備があれば――……」
「だから、あまり近寄るな」
椅子を引いて少し距離を取ると、遠山が苛ついた目で俺を見てきた。
「別に、必要以上に近付いたりはしてないと思いますが」
「君の香水の匂いは強いから、距離が近いと服に移るんだ。変な匂いを連れて帰ると、妻が誤解する。俺に近付くときは消臭してから来てくれ」
「私は普通に、真面目に仕事をしてるだけなのに。失礼なこと言わないでください!もし奥様が私との関係を誤解されているのなら、きちんと伝えていただけますか?私、もうすぐ結婚予定なので」
手の甲で軽くあしらうと、遠山が俺の前に左手をたてて見せつけてきた。その薬指には、きらんと光る指輪が控えめに主張している。
「あぁ、そうか。おめでとう」
最近、遠山が何かにつけて、左手で物を渡してくると思っていたが。そういうことだったのか。
「ありがとうございます。それで、副社長――」
遠山が「結婚にあたって何日か休暇を取りたい」と話すのを聞き流しながら、俺は梨々香のことを考えていた。
遠山の結婚の話を知れば、梨々香も俺と秘書のあいだに初めからなんの関係もなかったことがわかるだろうし。あのクセもなくなるかもしれない。