ビター・マリッジ
そういえばあのとき、俺の母親がやたらと親戚の子どもの話や友人に孫ができた話を梨々香に聞かせていた。
俺たちに対して直接「子どもはまだなのか」と言ってきたわけではないが、勘繰り深い梨々香のことだ。
俺の母親の話を聞いて、義両親が孫の誕生を期待していることを感じ取っただろう。
梨々香の性格だったら、義両親の期待に応えなくては……と、真面目に思い詰めたはずだ。
それでひさしぶりに、自分から俺を誘おうとしてるに違いない。
「あぁ、まだ仕事があるから」
梨々香の意図を知りながら、わざと何も気付いていないフリを装うと、彼女が目に見えてシュンとした。
「そう、ですか……じゃぁ、お先におやすみなさい」
肩を落としてとぼとぼと立ち去ろうとする梨々香の後ろ姿に、思わず吹き出しそうになる。
「もう寝るのか?」
笑いを堪えるために咳払いすると、梨々香が立ち止まって振り向いた。
「いえ、お仕事の邪魔にならないように寝室で本でも読んでます」
それは、起きて俺を待っているという意思表明だろうか。堪えきれずにふっと息を漏らすと、梨々香に手招きをする。