ビター・マリッジ
朝起きてから挨拶を交わすどころか目も合わないので、幸人さんには私が見えていないのかと思っていた。
すっかり気の抜けていたところを、切れ長の黒い瞳に真っ直ぐに見つめられてドキリとしてしまう。
「準備ができているなら、お前も一緒に乗って行くか?」
幸人さんが唐突に私に声をかけてくる。彼からの珍しい誘いに、私はいっそうドキリとした。
私の出社時間は、幸人さんよりも三十分以上遅い。いつもの私は、仕事に出かける幸人さんのことを朝食を食べながらパジャマ姿で見送るのだが……
今朝の私はいつもとは違い、既に仕事用のスーツに着替えを済ませていた。会議があって、普段よりも少し家を早く出ようと思っていたからだ。
私のことなど視界にも入れていなかったくせに。幸人さんが、普段と違う私の様子に気付くとは意外だ。
無表情な彼の気まぐれに、胸がドキドキと高鳴ってしまう。
「どうする?」
さりげなく腕時計に視線を落とした幸人さんはない催促されて、少し迷った。
幸人さんと私のオフィスの場所は比較的近い。だから彼の送迎車で送ってもらえれば、満員の通勤電車に乗らずに済むし、すごく助かる。
けれど……。