ビター・マリッジ

何か緊急の用でもあったのだろうか。ドキドキしながら念のために折り返すと、幸人さんはすぐに電話に出てくれた。

「すみません、洗い物してて電話に気付かなくて……」

「かまわない。それより、まだ家にいるか?」

電話口から聞こえてくる幸人さんの声は、直に聞くよりも低くて感情に乏しい。

「はい。これから出るところです」

怒っているようにも聞こえる幸人さんの問いかけにそう答えると、「よかった」とつぶやく声が聞こえてきた。

「午後からの会議に必要なデータを置いてきたかもしれない。書斎のデスクにあると思うんだが、見てもらえるか?」

「わかりました」

幸人さんの指示に従って書斎に入ると、窓際にあるデスクの端に黒のUSBが置いてあるのを見つけた。


「ありました。仕事の前に届けましょうか?」

そう訊ねながら、書斎の時計に視線を向ける。

今すぐ家を出れば、幸人さんのオフィスに寄ってからでもギリギリ朝の会議に間に合うだろう。

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