ビター・マリッジ
「こんなに遅くなったのは、今日が初めてです」
その理由だって、幸人さんが遅い時間に綺麗な秘書の女性とタクシーに乗り込むところを見てしまったからだ。
それがなければ、私は今頃お風呂を済ませて、ベッドに入っていた。帰宅の遅い幸人さんのことを、不安な気持ちで待ちながら。
胸に燻る怒りの感情をなるべく押さえて、幸人さんのことをジッと睨む。
もしかしたら幸人さんが帰りが遅くなったことの言い訳でもするんじゃないかと思って待ってみたけれど、彼は無感情な目で私を見下ろして、ため息にも似た息を漏らしただけだった。
「遅くなるのは勝手だが、夜遊びはほどほどにしろよ」
幸人さんがそう言って、玄関のドアを開けるために私の肩を押しやる。
優しさのカケラも感じられない幸人さんの触れ方に、堪えていた何かが私の中でプツンと切れた。
「夜遊びとか……毎日遅くまでどこで何しているかもわからない幸人さんに、そんなこと言われたくありません!」
マンションの共用廊下に響き渡るほど大きな声を出した私を振り返って、幸人さんが眉をしかめる。
迷惑そうな彼の表情は、昂った私の感情を煽るのに充分だった。
幸人さんは本当に心底、私のことなんてどうでもいいのだ。