ビター・マリッジ
「聞こえなかったか? 夜中に共用廊下で騒ぐな。迷惑だ」
冷静な声でそう言った幸人さんが、私を抱えてドアを開ける。
玄関に入ってドアを閉めてから、幸人さんはジタバタと暴れる私のことを玄関の大理石の床におろした。
電気の消えた暗闇のなかで、幸人さんがじっと私を見下ろしているのがわかる。
暗くて彼の表情は見えないけれど、その眼差しが冷たいものであろうことは容易に想像できた。
「まだ言いたいことがあるなら聞くが、反撃は終わりか?」
床におろされた途端おとなしくなった私に、幸人さんが静かに問いかけてくる。
目の慣れない暗闇のなかで聞く幸人さんの声は、いつもよりもいっそう冷たく私の耳に響いた。
うつむいて黙り込んでいると、ふっと息を漏らした幸人さんが私の頬に触れてきた。
指先で私の頬を撫でる幸人さんは手は、相変わらず冷えている。その冷たさが、私の頭を徐々に冷静にしていった。