ビター・マリッジ
「返事がないようだが?」
私が黙っていると、幸人さんが当てつけがましく問いかけてくる。
「わかりました。遅くなるときは、連絡をいれるようにします」
いつも通りの声を装いながらも、目は恨めしげに幸人さんのことをじっと睨む。
そんな私を見下ろす彼の表情が、暗闇のなかでふと一瞬和らいだような気がした。
幸人さん、今、笑った……?
絶対に見間違いに決まっているのに、目を凝らしてよく見ようとしてしまった自分に呆れる。
自嘲気味に唇を歪めたとき、幸人さんの気配がさらに近付いてきた。
あ。まだニンニクの匂いが……。気にして少し身を引いたけれど、構わず接近してきた幸人さんが、さっきよりも優しく私の唇に唇を重ねる。
「あの、私……、匂い……」
幸人さんが、唇を離して逃げようとする私の腰をつかむ。
「別に、たいして気にならない」
私を抱き寄せた幸人さんが耳元でささやく。
その吐息が、いつになく熱いような気がして、ドキリと胸が騒いだ。