ビター・マリッジ
「でも私は――」
気になります、と言おうとした言葉が、幸人さんのキスに飲み込まれる。
片腕で私の腰を抱き寄せて、もう片方の手で私の頭を引き寄せた幸人さんが、舌を絡めて深いキスを求めてくるから、焦った。
「ゆ、き――」
息を継ぐ合間に名前を呼ぼうとすると、その度に私の言葉が幸人さんの唇に攫われて飲まれる。
玄関で抱きしめられたまま求められるキスは、まるで恋人同士のそれみたいで。目を閉じれば、幸人さんに愛されているかもしれないと勘違いしそうになる。
触れ合う唇の心地よさに、つい幸人さんの腰に腕を回してくっつくと、彼のスーツのジャケットから微かに甘い香りが漂ってきた。
鼻腔を刺激する、甘い花のような香りに、蕩けそうになっていた意識が冴える。
幸人さんはさっきまで、あの美人な秘書といたはず。
それなのに、私にまでこんなキスをするなんてズルい。
それとも、暗闇で私の顔なんて見えないから、私を抱きしめながら、彼女とのキスでも思い出してた――?