ビター・マリッジ
「や、だ……」
幸人さんから離れようと胸を押したけれど、彼のほうは私を引き寄せて離してくれない。
執拗に吸い付いてくる幸人さんの柔らかな熱い唇の端をガリッと噛むと、彼がようやく私を抱く腕の力を緩めた。
幸人さんから逃げ出して、急いで玄関の電気をつける。
突然ついた照明の明るさに顔を顰めた幸人さんは、私に噛まれて血の滲んだ唇を指で撫でていた。
無表情で私を見つめる幸人さんの瞳は冷たい。
「ごめんなさい……」
小声で謝罪した私から視線を外した幸人さんは、無表情のまま何も言わなかった。
靴を脱いで玄関から上がってきた幸人さんが、私のそばを通り過ぎるときに、そっと私の頭に手をのせる。
「あの、ごめんなさい……」
私のことを少しも見ていない幸人さんの横顔にもう一度謝ると、頭にのせられていた手が離れて落ちた。
「別に謝ることじゃない」
変わらず私のほうを見ないままにそう言った幸人さんが、廊下の奥へと歩き去って行く。
幸人さんが廊下に残した甘い花のような香りが、ふわっと漂ってきて。私の胸をチクリと刺した。