ビター・マリッジ
Ⅳ.瞼の裏の錯覚
「四ノ宮さん、仕事片付きそう?」
険しい顔でパソコンを睨んでいると、カバンを持って既に帰宅準備を整えた小山くんが声をかけてきた。
「うん、あともう少し」
「そうなんだ。待っとこうか?」
小山くんに訊ねられて、私は少し考えてから首を横に振った。
「大丈夫。小山くん、今日の幹事でしょ?あとですぐに追いかける」
「了解。先に店で待ってるね」
「うん、早めに終わらせる」
私がそう言うと、小山くんが「お先に」と笑って手を振って去って行く。その背中に小さく手を振ってから、私はもう一度パソコンに向き直った。
残っている事務処理は、あと三十分もあれば終わるだろう。
息を吐いて、集中力を高める。
できるだけ早く終わらせて、私も小山くんのことを追いかけたかった。
というのも、今日は来月に結婚が決まった同期の石原さんの送別会があるのだ。
私とは部署が違うし、元々はあまり交流がない子だったのだけど、小山くんに誘われて月に何回か同期の飲み会に顔を出すうちに、話すようになって親しくなって。今回の送別会にも声をかけてもらえた。