ビター・マリッジ
Ⅴ.愛に変わる距離
デスクのパソコンを閉じて、帰宅の準備を始めた私は、スマホに届いた幸人さんからのメッセージを見て小さくため息を吐いた。
『今日は夕飯はいらない』
スマホの画面からですら、幸人さんの素っ気ない表情が伝わってくるような文章。
今夜は早めに帰って夕食を作ろうと思っていたのに、退社直前に届いたメッセージに気持ちが萎える。
落ち込んだ気分のまま立ち上がると、同じタイミングで帰宅しようとしていた小山くんが私に声をかけてきた。
「四ノ宮さん、お疲れさま」
「お疲れさま」
「今出るとこ? 駅まで一緒に帰る?」
「うん、そうしようかな」
ちょうど気落ちしていたところだったから、小山くんに誘われてつい頷いてしまう。
オフィスを出てエレベーターに乗ってからもずっと黙り込んだままでいると、降りる直前に小山くんが私の顔を心配そうに覗き込んできた。
「何か心配事? さっきからずっと元気ないけど」
「そんなことないよ」
小山くんの言葉に、慌てて笑顔を作る。
「それならいいけど」
私の反応を窺うようにじっと見てくる小山くんの視線にドキリとしたとき、一階に到着したエレベーターの扉が開いた。