ビター・マリッジ


「今日の夕飯、どうしよっかなー」

先にエレベーターを降りて歩き出した小山くんが、独り言みたいにつぶやく。


「小山くんて、一人暮らし?」

「そうだよ」

「夕飯、自分で作ったりするの?」

「土日は気が向いたら作ってるよ。でも、平日の夜は面倒でコンビニ弁当とか外食ばっかり」

「作ってくれるカノジョ、とかは……?」

「今はねー、募集中」

あまりプライベートに突っ込むのは差し出がましいかと思ったけれど、小山くんは私の質問に笑顔でさっぱりと答えてくれた。


「でも、俺はひとりだから夕飯なんてコンビニとか外食で適当に済ませられるけど、結婚してたらそういうわけにもいかないよね。四ノ宮さんはこれから帰って夕飯作るの? 旦那さんと家事分担制?」

先に小山くんのプライベートに踏み込んだのは私だけれど、逆に踏み込み返されて戸惑った。


「分担、とかはあんまり考えてなくて……基本的に料理は私かな」

「そっか。だったら、早く帰らないとだね」

小山くんが、にこりと笑いかけてくる。電車の最寄り駅は、もう数メートル先に見えていた。

私、早く帰らないといけないのかな……?

小山くんの言葉が、なんとなく胸に引っかかる。

早く帰ったって、どうせ今夜も幸人さんの帰りは遅い。夕飯を作ったって、食べるのは私だけ。

今夜も幸人さんのジャケットから甘い花のような香りが漂ってきたらどうしよう……。そんな不安を抱えながら、広いマンションの部屋で一人きり、彼の帰宅を待つのだ。

それだったら——。

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