ビター・マリッジ

衝動的に小山くんのスーツの袖をつかむと、彼が驚いたように目を見開いて立ち止まった。


「四ノ宮さん?」

「もしよかったら、一緒に夜ご飯食べて帰らない?」

「え? 帰ってご飯作らなくていいの?」

「いいの。どうせ、今日は私も一人で食べる予定だから」

自嘲気味に笑うと、小山くんが数秒私を見つめたあとに口角を引き上げた。


「なんかこういうの、前にもあったよね」

小山くんがそう言って、ふっと息を漏らす。

そういえば、以前も一人きりの部屋に帰るのが淋しくて小山くんを引き留めた。

あのときは、小山くんおすすめのラーメン屋さんに連れて行ってもらって。おかげで、随分と気がまぎれたっけ。

小山くんとは同期としての浅い付き合いしかないけれど、適度な距離感で私を気遣ってくれるから、誘いやすいのかもしれない。


「ごめんなさい、急に。迷惑だったら気にしないで」

「迷惑なんかじゃないよ。ご飯、行こっか?」

小山くんがスーツの袖をつかんだままの私の手をさりげなく解きながら、優しく笑いかけてくる。

小山くんの私への気遣いは、いつだって適度で心地いい。

幸人さんとの結婚生活には、優しさや甘さなんて微塵もないから。それで、つい落ち込んだときに寄りかかりたくなってしまうのかもしれない。

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