ビター・マリッジ
「あ、の。小山くん……」
「四ノ宮さんさ、今夜は旦那さんのところに帰るのやめる?」
抱き寄せられているせいで、小山くんの顔は見えない。
だけど少し迷うようにささやかれた彼の声が、私の鼓動を速くした。それってつまり……。
「ごめん。頭ではダメだってわかってるんだけど、旦那さんのことを話すときの四ノ宮さんが泣きそうだから気になっちゃって。そんな顔するくらいなら、今夜は帰るのやめちゃえば、って」
眉を寄せて困ったように笑った小山くんが、私の顔を覗き込んでくる。そのまま顔が近付いてきて、私の心がほんの少し揺らいだ。
帰るのをやめる……?
そんな選択肢、今まで一度も考えたことがなかった。
優しい言葉をくれる小山くんは、私のことをどう思っているんだろう。
私がお酒を飲みながら幸人さんのことを愚痴ってしまったから、それで一時流されているだけだろうか。
それとも、既婚者の私に少しは本気になってくれている……?
距離を詰めてくる小山くんの目を真っ直ぐに見つめ返しながら、ふと幸人さんの顔を思い浮かべる。
私が今夜帰らなかったら、幸人さんはどう思うだろうか。
少しくらいは焦る?それとも、何も感じない?
考えてみたけれど、すぐに無駄なことだと気が付いた。
だってきっと、幸人さんのそばには今夜もあの美人な秘書がいる。
私がどこで何をしていようと、幸人さんは気にならない。
私の行動を縛ったりしない。だったら私だって。
お酒が入っているのもあるし、若干自棄になっていたのもある。
小山くんの優しい誘いに半分以上心が傾いた。そのとき。