ビター・マリッジ


「梨々香の話がよく見えない。どうしてさっきから、俺が秘書を好きなことになってるんだ?」

「幸人さんこそ、どうして誤魔化すんですか? 幸人さんの帰りが遅い日はいつも、ジャケットから違う香りがするんです。甘い花みたいな香水の匂いが。それに、私だって見ましたから。幸人さんが秘書の人と夜遅くにタクシーに乗ってどこかへ行くところ」

少し前のことだけれど、幸人さんが秘書の女性とタクシーに乗り込んでいく後ろ姿をすぐに思い出せる。

それに今だって、私の手を握る幸人さんから僅かに香ってくるのは、甘い花みたいな香水の香りだ。

涙目で睨んで幸人さんの手を振り払おうとすると、彼が眉を寄せて、怒ったような、困っているような表情を浮かべた。


「あぁ。それでこの頃様子が変だったのか」

「どういう意味ですか?」

「俺と秘書の間にやましいことは何もない。ジャケットの匂いとかいうのは、仕事の付き合いのときにはだいたい彼女が同行するから、そのせいだろ。タクシーも仕事の付き合いで取引先と食事に行くときに一度だけ利用した記憶がある」

「でも、遅い時間でしたよ」

「それは、相手方の都合でだ」

ジトっと横目で幸人さんを睨んでいると、彼がふっと息を漏らしてスーツのポケットからスマホを取り出した。

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