ビター・マリッジ
「信じられないなら、今ここで秘書に電話して確かめてみるか?」
ちらっと見たスマホの画面には、秘書の女性のものと思われる携帯電話番号が表示されている。
幸人さんがそこまで言っても、彼への疑いは完全に晴れてはいなかった。
「彼女とグルの可能性は?」
幸人さんが事前に秘書の女性と口裏合わせをしているかもしれない。ジトっと睨んだまま疑わしげに訊ねると、幸人さんがふっと吹き出した。
「それはない、が。俺がそう言っても、疑われそうだな」
口元に手をあてた幸人さんが、少し顔を俯けて、クツクツと笑う。そんなふうに愉快気に笑う幸人さんを見るのは初めてで、彼への疑いが戸惑いに変わる。
「奥様、差し出がましいようですが……」
いつまでもクツクツ笑っている幸人さんの横顔を困惑気味に見つめていると、運転手の男性がバックミラー越しに話しかけてきた。
「副社長の送迎は時間帯問わず、私がさせていただいております。お仕事で秘書の方もよく一緒に乗られていますが、私の知る限りではやましいところにお送りしたことはありませんよ。遅い時間に、取引先とのお約束をされていることもよくあります」
それが、運転手さんからのフォローなんだと気付いた私は、まだ笑い続けている幸人さんの横顔を改めて見つめた。