秘書と社長の物語
社長
彼女を初めて見た時の印象は「美人だな」というものだった。

背が高く、スタイルもいい。

話した感じも悪くなく、どうしてこんな時期まで就活してるのかと不思議に思った。

会話のキャッチボールがかなりうまい、こちらの話を良く聞いて、意図を理解し、欲しい回答をくれる。

まっすぐにこちらに送られてくる目線も好印象だ。

相槌も絶妙で、気持ち良く話せるせいか、面接とは無関係な話で盛り上がってしまった。

ああ、そうか、さっきから妙に話がずれるのは、彼女が回答を拒んでいて、話がわき道にそれるよう俺が誘導されているのか。

これは凄いな、それとも無意識なのか?

なるほど、彼女がうちの会社をちゃんと調べずに面接に挑んでいるのは間違いなさそうだ。

だから、こんな時期まで内定が出ていないのだろう。

おもしろい子だ、でも微妙なのも確か、迷うな。

とりあえず面接は終了、他の候補者との兼ね合いで合否を決めよう。

「うあーーー」

窓の外を見下ろすと、さっきの子が頭を抱えて叫んでいた。

ハッと我に返り、周りを見回し、慌てて走り去って行く。

「変なやつだな」

彼女の後ろ姿を眺めながら、窓に写った自分がにやついていることに驚いた。



結局あの子は採用することにした。

やはりあの話術の巧みさは見逃せないと思ったし、彼女に営業力があるのは間違いない。

東京支社の開設を4月に間に合わせるよう準備していたが、支社長の人選に時間が掛かってるし、もう少し先延ばしにしてもいい。

東京採用の新人は本社で研修した方が勉強になるだろうし、丁度いい。

あの子の凄さはちょっとわかりにくいから、下手な育て方すると潰れてしまう可能性もある、うん、やはり関西に来てもらった方がいい、俺の目が届くしな。



ああ、あの子はやっぱり美人だ、新人の男どもが浮わついた目で彼女を見ていて、不愉快極まりない。

そもそも、せっかく関西に呼び寄せたというのに、研修で外回りばかりしているから、ほとんど姿を見る機会がない。

営業の奴ら、一日中彼女を連れ回せる上に、指導という大義名分を使って彼女と楽しげに話せるとは、許せん。

なんでOJTに俺が組み込まれていないんだ!

駄目だ、最近妙にイラついて、周りに当たり散らしてる自覚がある。

そうじゃなくても営業とはうまくいってないのに、このままじゃ業務に支障が出てしまう、自制が必要だ。

そういえば、そろそろ新人の配属が決まったはず。

人事担当にそれとなく話を聞いてみると、彼女は営業の若手の奴らと随分親しくなっているようで、奴らの下に配属すれば潰れにくいと判断しているらしい。

アホなのか?あんないい年してチャラついてる奴らに任せたら、育つものも育たないじゃないか!

そもそもこの人事担当、一体何を見ているのか、彼女の良さを全く理解していない。

もう駄目だ、我慢できない。

「一人秘書が欲しい、この子は営業じゃなくて、俺の直属にする」

誰でも良かった風を装って彼女の履歴書をつまみ上げた。

彼女どうこうではなく、営業として雇った新人をいきなり秘書にすることに問題があるのだろう。

人事担当がフリーズしたまま動かなくなってしまった。

ああ、やってしまった、でも後悔はしていない。

人事担当のこのリアクションを見れば、この提案がいかに突拍子もないものだったか理解はできる。

けれど、もう耐えられないのだからしょうがない。
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