激情を秘めた警察官はウブな令嬢を娶り溶かす~1年で婚約破棄するはずが、敏腕SPの溺愛が止まりません~
予約していた不動産屋で、賃貸マンションを二カ所見学させてもらい、その後休憩がてらカフェに入る。

店内をぐるりと一周見渡し窓際の席を選ぶと、慧さんは入り口が見えるように座った。
わたしがその正面に座ると、慧さんは、キャップ帽子を外し、上着を脱ぐ。トレーナーになると腕をまくり、潰れた髪をかきまぜた。

捲った袖からレーシングブランドの腕時計が顔を出す。それなりに高価ではあるが、意外にも庶民的だ。もっと盤面がすべてダイヤモンドのような時計かと思ったのに。

「普段はけっこうラフな……んだね」

なんですね、と言いかけて途中で言い直したら、へんな発音になった。
慧さんはそれに軽く笑う。
庶民からみれば十分高級なのだが、それでも梧桐の家柄を考えるとラフと言わざるを得ない。

「動きやすい服装が一番だからな。仕事中はスーツっていう決まりがあるけれど、革靴よりスニーカーのほうが動きやすいし速く走れる」

ひょいと長い足を持ち上げ見せてくれる。スニーカーというが、イタリア製ブランドのものを履いていた。

「あとね、SPは周囲に溶け込むのも大事なんだよ。目立たないようにね」

慧さんは秘密を打ち明けるようにこそっと言った。

容姿だけで十分目立っていると伝えてあげたい。
つまり、動きやすさを重視し、さらにわたしに合わせてくれたってことか。
年上とのデートなので大人っぽく見えるようにかなり悩んだが、慧さんもわたしと一緒に歩いていても違和感のないように、気を遣ってくれていたらしい。

同じようなことを考えていたのだと、嬉しくなった。

「スーツより若く見えるね」

「今、年寄り扱いしたな? 女子大生からしたら一回りも年上なんて、おじさんだろうな」

「違うよ、格好いいって言いたいだけで」

こんな素敵な人がおじさんだなんてとんでもない。こっちは少しでも釣り合うように必死なのに。

「帽子も意味があるの?」

「俺の視線がばれないように、との意図はある。周囲に目を配りながらデートしている男なんて、目立ってしまうからな」

(ーーーーすごい)

たくさん考えてくれているらしい。

コーヒーとサンドイッチのセットが届き店員が離れると、慧さんは顔を寄せて囁いた。

「今日はどうだった? 不安な点や不可解なことがあったなら教えておいてもらいたい。遠慮されると守れるものも上手くいかなくなる。警護は信頼関係がないと成り立たないからな」

「大丈夫。不動産屋さんにびっくりしただけで」

「ああ、妙にテンション高い人だったな。人当たりはいいが、今日の不動産屋は却下だ。どこにどの芸能人が住んでるだなんて、ペラペラ喋る担当なんて信用できない。あと、もう少しセキュリティの高いところの方が……」

「ええと、家を探すのはフリなんだよね……?」

どこまでが演技かわかりにくく確認をすると、慧さんははっとした。

「……勿論、探している演技だよ」

そう言うと、まだ熱いコーヒーを一気に飲んだ。

わたしは甘いカフェモカにした。チョコレートの甘みが胃にしみてほっとする。
続けて届いたサンドイッチもボリュームがあってとても美味しい。ずっと外食も気軽にできなかったので、ただの食事でさえも楽しく感じた。
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