激情を秘めた警察官はウブな令嬢を娶り溶かす~1年で婚約破棄するはずが、敏腕SPの溺愛が止まりません~
疲れただろうと、そこでいったんお開きになる。慧さんは応接室から部屋まで送ってくれた。

「本当は今後の二人についても話し合いたいんだけど、詩乃は今、とても混乱しているから」

まだ寝るには早いけれど、顔色が悪いから横になるようにいわれた。
いつもどおりベッドに寝かせてくれると、慧さんはわたしが眠れるように頭をなでた。

「わたし大丈夫だよ……」

「いや、やめておこう。ひどい顔をしている。大事なことだから、詩乃がちゃんと元気な時に話し合いたいんだ」

元気な時っていつだろう。
だって、別れ話なんでしょう?

そんなの、いつ聞いたって元気になんかなれない。
ストーカー事件は解決した。
慧さんには本命の彼女ができた。
そうしたら、わたしたちが婚約者を演じる必要なんてない。
むしろ嫌な話は、一度に終わりにしてしまいたい。

一日でも長くこの関係を続けたいと思うと同時に、いつ終わるかわからない不安におびえるのも嫌だった。

「ちょっと他のことも立て込んでいるといっただろう? そちらも片づけなくちゃで……そうだな、また来週こよう。すこしだけ、家族だけで気持ちを落ち着ける時間を作るといい」

撫でる手はとことん優しいのに、すべてが別れの言葉に聞こえる。
声を発したらそのまま泣きそうで、なにも返せないでいる。
視線も合わせられない。
目を見たら、好きだと言ってしまいそうだから。

(好き。他の人のところになどいかないで。本物の婚約者になって)

そんなふうに叫んで、困らせてしまう。

「寝れそう? 俺は帰るから、おばさんを呼んでくるよ」

返事をしていないのに、慧さんの手はすっと離れた。
あっという間に感じていた熱が冷める。

もう、彼の中では婚約者じゃないんだ。だから以前のように、朝まで付き添ってくれないんだ。

「おやすみ詩乃。また来るよ……」

慧さんは遠ざかる。
部屋を暗くし、扉をあけるとゆっくりと扉の外に出た。
僅かな軋みの音をたてて、扉はパタンと閉まる。
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