Macaron Marriage
* * * *

 大学三年生になった萌音は、近頃嫌な予感ばかりを感じていた。ここ最近、父親の様子がどうもおかしいのだ。萌音を見て逃げるし、何かコソコソやっている感が拭えない。

 講義が終わってから、萌音はお気に入りのカフェでレポートをまとめていた。オープンして半年ほどだが、フランスのアンティーク雑貨を取り扱う店で、その隣にあるカフェスペースで紅茶とスコーンをいただくのが日課となっていた。

 カウンター席にいた萌音の元に店長がやってきて、ぼんやりとした様子の彼女の顔を覗き込んだ。

「どうかされましたか? 珍しく集中していないように見えますが」

 萌音はドキッとした。笑顔が優しい店長の切長の瞳に見つめられると、なんでもお見通しな気がして緊張してしまう。少し長めの髪を後ろで一つにまとめていて、どこか中性的な魅力を放っていた。

 今日もカッコいいなぁ……そんなことを思いながら、萌音は大きなため息をつく。

「……そんなふうに見えますか?」
「まぁいつもの池上さんを見ていますからね。何かあったんですか?」

 目の前のアイスティーに手を伸ばし、喉を潤すように流し込む。

「実は……最近父の様子がおかしいんです」
「お父様の?」
「そうなんです。何かを企んでいるような気がしてならなくて……」
「企んでるとは……サプライズか何かでしょうか。それなら嬉しい気もしますがね」

 店長の言葉を聞いて、萌音は肩を落として俯いた。

「店長、驚かないで聞いてくれますか?」
「……池上さんがそう言うのなら」

 その優しい微笑みに、萌音はどこか安心したように口元に笑みを浮かべる。

「私ね、婚約者がいるんです」

 すると店長は目を見開いて萌音を見る。しかしそれ以上何も言わずに、ただ萌音の言葉に耳を澄ませていた。

「まだ会ったことはないんですけどね。婚約が決まったのは高校二年の時で……だから私、いつかはその人と結婚するのが決定事項なんです」
「……どんな方なんですか? 会ったことはなくても、年齢とか名前とかはご存知なんでしょう?」
「それが……全く知らないんです。だって知ったら、その時の感情をずっと引きずらないといけないでしょ? 好印象ならいいけど、逆だったら結婚したくなくなっちゃうもの」
「あはは! 確かにそうですね。じゃあ池上さんは、初対面が結婚式になるのかもしれませんねぇ」

 クスクスと笑う店長に、萌音はぐいっと詰め寄った。
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