Macaron Marriage
 ふと顔を上げ、彼をじっと見つめる。この事実を聞けば、翔さんは私から離れてしまうかもしれない。だとしても私を好きだと言ってくれた人に、真っ直ぐ向き合いたいと思った。

「前に店長に話したと思うんですが、私には婚約者がいるんです。その人と……八ヶ月後には結婚式を挙げることが決まってます」
「……もうお会いしたんですか?」

 萌音は首を横に振る。

「相手のことは未だに何も知りません。たぶん結婚式で初めて会うことになると思います……」

 翔は萌音の髪に手を触れ、優しく撫でていく。

「……萌音さんは私のことが好きですか?」
「……好きです。どうしようもないくらい大好きです……」

 すると翔の手がピタリと止まった。その手がゆっくりと頬まで移動すると、彼は萌音の顔を両手で挟んで自分の方へ向かせる。

「どうやらロゼワインのおまじないが効いたみたいですね。私たちはちゃんと気持ちが通じ合っていたんだ」
「……でも翔さんと付き合うわけにはいきません。私は……もうそんな時間は残されていないから……」
「何を言ってるんですか。八ヶ月もあるじゃないですか」
「えっ……」

 翔は萌音の額にキスをすると、頬にも唇押し当てる。

「ねぇ萌音さん。結婚するまでの八ヶ月、私と恋をしませんか?」
「恋?」
「ええ、そうです。八ヶ月の間、私とお付き合いしましょう。いろいろなところでデートをしたり、二人でいる時間を増やして、濃密な八ヶ月をすごしませんか?」
「あ、あのっ! それって……どこまで本気ですか? からかっているとか遊びなら……私には無理です……」
「全て本気ですよ。萌音さんを好きなこと、そしてあなたを心から愛したい。たった八ヶ月かもしれない。それでもあなたとたくさん思い出が作りたいんです」
「でも……もし八ヶ月で本気になってしまったら……」
「その時はその時に考えれば良いことです。萌音さん、私と付き合ってもらえませんか?」

 こんなこと、楽観的過ぎると思う。でも翔を好きな気持ちを抑えることが出来ないのも事実だった。

 好きな人と恋が出来るなんて、本当はすごく幸せなこと。だってこのままなら、私は愛し愛される恋愛を知らずに結婚をすることになる。

 結婚してからだって恋愛は出来るかもしれない。でもそれは相手が特定された状態でのことだし、何のしがらみもなく誰かを好きになるなんて、きっとこれが最後。

『じゃあもし好きって言ってくれたら、ちゃんと彼の胸に飛び込めますか?』

 紗世の言葉が突然思い出され、頭の中をリフレインしていく。

 どうしたらいいのだろう。そんなこと許されるのだろうか……? 萌音はゴクリと唾を飲み込んだ。
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