放課後の音楽室で
「…一応、昨日洗濯したばっかりだから」

えっ?

突然、上田くんの声が聞こえたと思ったのと同時に、パサっと私の頭に深く帽子が被せられた。

ふわっとフローラルな洗剤の香りが漂う。

「深く被ってれば、視線そんなに気にならないんじゃないかな…」

顔を上げて、深く被った帽子のつばの向こう側の上田くんを見る。

「…野球部のマネージャみたいだね」

優しく笑った上田くんの表情に、ちょっとだけ胸がドクンッと鼓動した。

私が気にするって分かってたんだ…。

「それ、しばらく貸すから」

「でも、上田くんのは?」

「俺のはもう一つちゃんとあるから。傷治るまで使って」

そう言って、私の頭を帽子の上から一度だけ優しくポンっと触った上田くん。

男の人にこんな風に触られたことないや…。

すごく、ドキドキする…。

なんだろう、これ。

「あっ、文乃ー!」

校門付近で、後ろから怜ちゃんが声をかけてきた。

「昨日、大変だったね!大丈夫?」

私の手と頬の傷パットに優しく触れる怜ちゃん。

「これ、上田くんの?」

私の帽子のつばを触って、怜ちゃんが隣の上田くんに尋ねる。

「…うん、まあ」

「…そう」

なんだろう、怜ちゃんと上田くんのこの微妙な間。

「まっ、似合ってるからいっか」

そう明るく言った怜ちゃんは、私にいつもの優しいキラキラした笑顔を向けた。

「行こう!」

「あっ、うん。上田くんは?」

怜ちゃんが私の腕を組んで歩こうとしたとき、慌てて上田くんに確認する。

「俺、部室に荷物置いてから行く」

「そっか。ありがとうね」

「うん。また教室で」

ヒラヒラと手を振って歩き始めた上田くんに背を向け、私は怜ちゃんと校舎へと入った。



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