放課後の音楽室で
「…実は、毎年運動会や文化祭など、短い時間ではありますが、必ず足を運んでいました。絶対に気づかれないようにってソワソワしながら」

ふふふっと笑った新田さんの言葉に、私は固まってしまった。

うそ…。

私、全然知らなかった…。

「…厳しい方ですけど、ちゃんと心の中には愛情があるんです。きっと、奥様も一緒です」

「…お母さんも…?」

まさか、そこでお母さんのことが出てくると思わなくて、胸が飛び跳ねる。

「奥様は、本当は文乃さんと距離を縮めたいのだと思います」

「距離を…?」

「ええ。おそらく近づきたいけれど、接し方が分からないのかと…」

「…そうなの?」

ずっとずっと避けられてると思ってた。あれはいつの頃だろう。年長の頃?何がきっかけかは分からないけれど、私はぐずって大泣きした。

その時、泣きじゃくる私は、大人に甘えたくて、お母さんのスカートにしがみついた。

『…ちょ、ちょっと』

私を避けるように、スカートを握った私の身体を退けた母。

その時、自分がどんな感情だったのかは覚えていないけれど、その瞬間、お母さんに自分から近づいちゃいけないのだと悟った。


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