放課後の音楽室で
「お茶、飲んでいって?」

「いや、いいよ。顔見れたから」

そう言うと、佐久間は俺の手首を掴んで、腕を引っ張って玄関までの連れてきた。

「新田さんも、上田くんに会いたいと思う」

新田さんは、佐久間の家の家政婦さんで、佐久間が生まれた時にこの家にやってきたって前に教えてくれた。

会いたいけど…でも

「佐久間の親、帰ってきてるんじゃないの?」

実は、一度も会ったことがないから、こんな時間に遊びにきたって思われるのも気まずい。

しかも、家族の時間を邪魔する形になったら申し訳ない。

「ううん?」

きょとんとして答える佐久間に、今度は俺がきょとんとする。

「新田さんが連絡はしてると思うけど、仕事切り上げてまで帰ってこないと思うよ?」

「…病院も新田さんと?」

「うん。かかりつけの病院あるから、そこに」

娘が怪我したのに、仕事優先なのか。なんか、それはそれで、寂しいよな。

しかも、佐久間自身も特に親が帰ってこなくても気にしてないし…。

「ね?お茶飲んでいって?」

もう一度、俺の顔を見て、ニコッと笑いながら言った佐久間。

「…じゃあ、ちょっとだけ」

そう答えると、佐久間は、表情をぱあっと明るくし、俺の背中を押して玄関の中へと俺の足を進めた。

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