放課後の音楽室で
「では、失礼します」

お父さんはそう言って丁寧に頭を下げると、先に外へと出た。

「服、お洗濯したらお届けします。ご飯ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

「また、遊びにきてね」

上田くんのお母さんの優しい言葉に、私は笑顔で頷いて頭を下げた。

「佐久間、また月曜日に」

「うん!今日は色々巻き込んじゃってごめんね。本当にありがとう」

私は、パンナコッタの入った紙袋を持った上田くんにそう言って、玄関を出た。

すっかり雨が止んでいて、いつの間にかお月様も顔を出していた。

先に車の運転席に乗っているお父さんを確認して、助手席側の後部座席に座る。

私がシートベルトをつけたのと同時に、車を走らせ始めた。

1、2分沈黙の続いた後、

「…迎えにきてくれてありがとう…」

小さな声で言うと、お父さんは少し間を置いて話し始めた。

「…明日のことは、延期にした…」

「えっ…?」

許婚との顔合わせ…の事だよね…?

「…文乃は…本当に医者になりたいのか?」

「…うん。この前話した通り」

「…ハードな仕事だぞ。睡眠時間だってほとんど取れない…」

お父さんは、淡々とした口調で話す。

「わかってる…。でも、他の仕事だから楽ってわけではないでしょう?…お父さんとお母さんだって、忙しいんだし…」

私の言葉に、お父さんは何も言わずに、沈黙のまま運転を続ける。




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