片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
 一時期はSNSを本業にしようか迷った時期もあったが、SNSを見て料理教室へ通ってくれる生徒も多く、教室側からタイアップの授業を依頼されることもしばしばある。そのおかげで、教室側からもシフトなどの融通もだいぶ利かせてもらい、なんとか両立させていた。

「少し早いけど、もう寝ようか。緋真も明日は朝からだろう」
「あ、でも十時の授業だから、そこまで早くないよ」
「早く寝るに越したことはないさ。電気消すよ」
「……うん」

 ベッドサイドの明かりが消え、暗闇に包まれる。

 互いに「おやすみ」を言い合ってしばらく。微かに寝息が聞こえ隣を見ると、伊織さんが背中を向けて眠っていた。

 せっかく今日は、伊織さんも早く帰って来たのにな……。

 シングルベッドを二つ並べると想像以上に広くて、手を伸ばしてみても冷たいシーツを撫でるだけ。毎晩こうして一緒に寝ているにも関わらず、一向に縮まらない距離に、思わずため息が漏れた。

 私たちは出会ってからこれまで、一度も体を重ねたことがない。もっと言えば、結婚式も神前式だったこともあり、キスすらしたことがないのだ。果たして、この世の中に私たちのような新婚夫婦がどれくらい存在するだろうか。

 一緒に暮らし始めて一週間くらいは、毎晩「今夜こそ」と構えていたが、まったく良い雰囲気にならないものだから、きっと彼はしたくないのだと判断した。

 私としては、もっと伊織さんと触れ合いたい。それは性的や肉体的な欲求ではなく、精神的な意味でだ。夫婦になって毎日穏やかに暮らせてはいるものの、彼とはまだ壁を感じていたから。

 体を重ねたら何か変わるのではないかと思っているのだが……如何せん男性経験のない私には、この先をどう進めたらいいかわからない。加えて、伊織さんは気にしないと言ってくれたものの、背中のコンプレックスのこともあって一歩踏み出せなかった。
 
「はぁ……」

 もう一度小さくため息をついて、目を閉じる。私は伊織さんの隣で眠るだけで、毎晩ドキドキしているのに……。この思いは一方通行なのだろうか。

 今夜もまた、やるせない気持ちのまま深い眠りへと落ちていった。
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