片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
片耳のピアス
◇
その日の夜。冷蔵庫で中途半端に余らせた食材で夕食を済ませ、いつもより長めにお風呂に浸かる。
リビングに戻ると、時計の針は十一時を回っており、がらんとしたリビングに温もりはなく、小さなため息だけが漏れた。
今日は、伊織さんが飲み会で帰りが遅い日だ。お仕事である以上仕方がないことだし、不満はない。ただ寂しいのだ。結婚するまで実家暮らしをしていた私には、当然ながら一人暮らしの経験がなく、この時間家で一人きりでいることはあまりなかったから。
まったく、いい年をした大人が寂しいだなんて。
自分に苦笑しながらスマートフォンを開くと、新着メッセージが一件。もう一時間ほど前に、伊織さんから『これから帰るよ』と連絡が入っていた。
一時間ということは、もうとっくに家に着いていてもおかしくない時間だ。単純に長引いているだけかとソワソワしているうちに、玄関のドアが開く音が聞こえ、音の方へ足を向けた。
「おかえりなさい」
「ただいま。起きてたんだ」
飲み会だったというのに、顔色ひとつ変えず、伊織さんが靴を脱ぐ。
いつも通りの様子に、ほっと胸を撫でおろした。
「……どうかした?」
「あ、ううん。帰るって連絡が来てからだいぶ時間が経ってたから、心配で」
「ああ、タクシーで帰ってきたんだけど、同僚送りながら帰ってきたから」
「そうなんだ……。よかった」
帰りが少し遅いくらいで、心配することないじゃない。
心配性な自分を戒めていると、急に伊織さんの手が伸びてきて、私の頭を撫でた。
「心配かけてごめん」
「っ……」
普段彼からスキンシップをとってくることはほとんどないのに。あまりに不意打ちすぎて、髪に触れられただけで胸が大きく高鳴った。
数回愛でるように頭を撫でると、長い指先が離れていく。そのほんの一瞬、甘い香りが鼻先を掠めた。
伊織さんのものではない、微かに香って後に引かない女性物のオーデコロン。さらに病院勤務である彼からこの匂いがすることに、疑問を覚えた。
「それじゃあ、お風呂入ろうかな。緋真は寝てていいから」