片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
 自問自答を繰り返しているうちに時間が経ってしまい、お風呂上がりの伊織さんが寝室へと向かってくる音がした。どちらにせよ、今すぐ彼と顔を突き合わせて話すことは躊躇われ、急いでベッドに潜り込む。

 控えめな物音を立て、やがて寝支度を整えたであろう彼が傍にやってくると、マットレスが沈む感覚を覚え、体を強張らせた。

 しかしながら、私たちのベッドのマットレスは二枚。各々独立した形で敷いているため、互いの動きを感じることはないのだ。つまり、伊織さんは私のすぐそばにいる。

 伊織さんに向けた背中から、そろそろと近づいてきた気配は、私の髪に触れ撫でるように梳いた。繊細な指先が首元に当たり、くすぐったい。

 伊織さん……?

 一度狸寝入りをしてしまった以上、途中で起き上がることはできない。

 断固として目を閉じたまま耐えていると、最後に頬へぬるい温度を与えて去って行った。

 い、今キス、された……? どうして……。

 突然のことで、心臓がバクバクと音を立て始める。

 帰ったときは普通に見えたけれど、実はお酒を飲んで酔っていたのだろうか。そうでなければ、彼がこんなことするわけがない。

 触れられた箇所が、猛烈に熱い。一瞬でも伊織さんに求められたような気がして、胸がいっぱいになる。

 だけど――
 つい先ほど感じた他の女性の影を思えば、手放しには喜べなかった。

 今すぐ起きて、真実を確かめられないもどかしさが残る。

 その夜は考え事ばかりしていたら、よく眠れなかった。




 翌日。いつもより早起きをして朝ごはんの用意をしていると、伊織さんが起きてきた。

「おはよう。今日はいつもより早起きだな」
「……おはよう。昨日早く寝たからか、何だか目が覚めちゃって」
「ああ、俺が寝るときには寝てたか」

 よかった、起きていたことはバレてないみたい。
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