片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜


 結局あの日から疑念を抱いたまま、悶々とする毎日を送っていた。伊織さんは特に変わった様子はないし、あの日以来一度も甘い香りを付けてくることはなかった。

 だから単純に、飲み会でピアスの持ち主との距離が近くなっただけかもしれないと思い始めていた。

「緋真先生。今日はありがとうございました」

 料理教室での授業終わり。調理器具を洗っていると、再び授業に参加してくれた智美さんが近づいてきた。

「お疲れ様です。今日はいかがでしたか?」
「前より少し上達した気がします。最近休みの度に通ってるので」
「すごい! 授業でわからないことなどあれば遠慮なく聞いてくださいね」
「はい、ありがとうございます」

 私が勤務しているのは週四日程度。智美さんの仕事はシフト制ではあるらしいが、私の授業と時間が合いづらいらしく、こうして顔を合わせるのは二回目だ。

 ちなみに今日は貸し切りではなかったので、智美さんは初めて会った時よりも、寡黙な印象を受けた。

「あの、授業のお話ではないんですが、落とし物って届いてないですか?」
「落とし物? 何かなくされたんですか?」
「ピアス落としてしまって」

 言われて受付の落とし物ボックスを探してみたものの、それらしきものは見当たらなかった。
 
「うーん、ないですね。落としたのって今日ですか?」

 今日であればまだ見つかっていない可能性が高い。他の講師たちに伝えておけば、掃除のときにでも見つけてもらえるはずだ。

 その意図を伝えるも、智美さんは諦めたように首を横に振った。

「いえ、落としたのは少し前です。たしか緋真先生の授業を受けさせていただいた日に。たぶん別の場所で落としちゃったんだと思います」
「そうですか……でも一応他の先生方にも伝えておきますね。見つかってないだけかもしれないし。どんな形のものか聞いてもいいですか?」
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