片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
ひとつも取り繕っていない、伊織さんの本心からくる言葉だと感じられる。ここまで温厚篤実な人柄を持つ彼なのだから、嘘をつくことはおろか不倫なんて非道なことをする人間にはやはり思えない。
郁ちゃんとはピアスの件はもう少し様子を見てから、と話していたが、胸に秘めておくには苦しくて、おそるおそる話を切り出した。
「じゃあ、ひとつだけ聞いてもいい?」
「うん?」
「少し前に伊織さん、飲み会があったでしょ? あの時――」
彼の鞄の外ポケットに、ピアスが入っていたことを告げる。伊織さんは少し驚いたあと「気付いてたんだ」とこぼした。
「俺もこの間まで全然気づかなくて。あの日、同僚をタクシーで送ったって言っただろ。そのときに落としたかもしれないって、その子に言われて返したんだ」
「……そうなんだ。もしかしてその同僚って、医療秘書の子だったりする……?」
「あれ、話したかな。うちの医局の秘書の子なんだけど。ほら院長の娘さん」
「えっ、院長先生って……」
はじめて”彼女”に会った時から、ずっと頭にかかっていた靄が晴れていく。伊織さんはいつも「院長」と呼ぶから、すっかり忘れていた。東梨医科大学病院の院長は、”白鷹”院長だ。どうりで、聞き覚えがあると思った。どうして気付かなかったのだろう。
「ねえ、その娘さんの名前って……智美さん?」
「……名前まで話したかな」
さすがの伊織さんも訝し気な表情を浮かべる。知られてまずいこと、といった様子ではなさそうだ。
「違うの。実はその智美さんがうちの教室に通ってて、お会いしたことあるんだけど……その……伊織さんとの仲を匂わせるようなことを言われて」
授業の貸し切りから始まり、度重なる私への質問や、ピアスの落とし物について――そのすべてを正直に話せば、伊織さんは顔を歪ませた。
「彼女がそんなことを……? ごめん、気付かなくて」
郁ちゃんとはピアスの件はもう少し様子を見てから、と話していたが、胸に秘めておくには苦しくて、おそるおそる話を切り出した。
「じゃあ、ひとつだけ聞いてもいい?」
「うん?」
「少し前に伊織さん、飲み会があったでしょ? あの時――」
彼の鞄の外ポケットに、ピアスが入っていたことを告げる。伊織さんは少し驚いたあと「気付いてたんだ」とこぼした。
「俺もこの間まで全然気づかなくて。あの日、同僚をタクシーで送ったって言っただろ。そのときに落としたかもしれないって、その子に言われて返したんだ」
「……そうなんだ。もしかしてその同僚って、医療秘書の子だったりする……?」
「あれ、話したかな。うちの医局の秘書の子なんだけど。ほら院長の娘さん」
「えっ、院長先生って……」
はじめて”彼女”に会った時から、ずっと頭にかかっていた靄が晴れていく。伊織さんはいつも「院長」と呼ぶから、すっかり忘れていた。東梨医科大学病院の院長は、”白鷹”院長だ。どうりで、聞き覚えがあると思った。どうして気付かなかったのだろう。
「ねえ、その娘さんの名前って……智美さん?」
「……名前まで話したかな」
さすがの伊織さんも訝し気な表情を浮かべる。知られてまずいこと、といった様子ではなさそうだ。
「違うの。実はその智美さんがうちの教室に通ってて、お会いしたことあるんだけど……その……伊織さんとの仲を匂わせるようなことを言われて」
授業の貸し切りから始まり、度重なる私への質問や、ピアスの落とし物について――そのすべてを正直に話せば、伊織さんは顔を歪ませた。
「彼女がそんなことを……? ごめん、気付かなくて」