片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
「お力になれてよかったです。また気になることがあれば、いつでも相談してくださいね」
「はい、ありがとうございました」

 何度も頭を下げて、患者が診察室をあとにする。こうしてまた一人、患者を送り出すことができたことに安堵した。

 形成外科では外傷や先天異常など、体の表面に起こる異常に対して治療を行っている。比較的新しい分野であり一般的な知名度は高くなく、整形外科や美容外科などと混同する人が多くいるのが現状だ。

 そのため進路を選択する際にも、将来的に開業も視野に入れているのなら形成外科は患者数も少なくおすすめしないと、助言をくれる人もいた。しかしながら、この道を進むことに迷いはなかったし、自らの手で患者の人生をより”生きやすくする”ことに誇りを持っている。そういう意味でも、今の自分の選択には何一つ後悔はないのだ。

「……これで終わり、か」

 時刻は診療終了時刻を三十分ほど過ぎていたが、いつもよりはゆっくりできるかもしれない。

 普段から昼食は慌ただしくとることが多く、時間もバラバラだ。独身時代は適当に済ませてしまうことが多かったが、今は緋真が弁当を持たせてくれている。

 おかげで以前より余裕をもって食事をできるようになったし、何より外で買うよりも美味しくて、栄養バランスのとれた食事が手軽にできるのだ。彼女には感謝しかない。

 ひとまず休憩に出ようとパソコンの画面を切ると、診察室のドアをノックする音がした。

「伊織先生、お疲れ様です」

 開いたドアから鼻にかかるような声がする。顔を見ずともわかる、下の名前で呼ぶ女性は一人しかいないのだから。

「――白鷹さん。お疲れ様」
「休憩中は下の名前で呼んでくれてもいいのに……」
「できないよ、周りに勘違いされても困るから。それで、どうかした?」
「伊織先生、何だか冷たくないですか?」
「そんなことないさ」

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