片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
「ひと口だけでもいいんです。伊織先生のために作ったから……ダメですか?」

 そう言って、懇願するように瞳を潤ませる。白鷹さんはいつもわかりやすくアピールをしてくる。結婚してからはやや落ち着いたものの、休憩時間に声をかけられたり帰りの時間を狙われたり、好意を丸出しにしてくるのだ。

 直接的に告白されたわけではないから、突き放せないのだけれど、それも彼女の計算のひとつにさえ思えた。

「悪いけど、妻以外の手料理は食べないことにしてるんだ」

 そんな決まりを作った覚えはないが、これくらいはっきり言ったほうがいいだろう。
 白鷹さんは納得いかなかったのか、厚い下唇を噛んだ。

「ひどい……。伊織先生、父から言われてるんですよね。私のこと頼むって」
「……言われてるけど、それは業務上のことであってプライベートに関してではないよ」
「っ、でも、私が父に何か言えば立場が困るのは伊織先生ですよ?」

 白鷹さんは、気に食わないことがあるとすぐに彼女の父である白鷹院長の名前を出してくる。俺が院長に頭が上がらないのを知っているからだ。

 研修医時代、俺は臨床留学を目指し目まぐるしい毎日を送っていた。病院に寝泊まりする日なんてざらにあったほど。

 研修を受けながらも留学に必要な米国医師資格試験の勉強。そして無事合格した後も、現地の病院とのマッチング面接など、忙しいなんて簡単な言葉で片づけられるほどではなかった。

 それでも乗り切れたのは、院長が初期研修の中断を勧めてくれたからだ。さらに俺のわがままで当初の予定よりも数年長く向こうに滞在することになってしまったが、院長は日本に戻って来てからも快く迎え入れ、優遇してくれた。

 つまるところ、今俺がこうして順調にキャリアを積み不自由なく働くことができているのは、すべて院長のおかげなのだ。

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