片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
お預け初夜は旅先で


 目の前に広がるのは、空と山と湖の蒼。異なる蒼が繰り広げる景色は、都会の喧騒で疲れた心を浄化してくれる気がした。

 あの夜からしばらく。伊織さんが二日ほど休みをとってくれて、箱根を訪れていた。二日と聞けば短いかもしれないが、外勤も呼び出しもない休日というのはとても貴重なのだ。

 いつも忙しくしている彼が私のために時間を作ってくれた。それはたった一日であっても嬉しくて特別なことに感じられるのに、二日間も。感謝してもしきれないほど。

「思ったより近場になったな。遠慮しなくてよかったのに」
「全然。それに景色だけ見たら、すごく遠くに来た気分だよ」
「確かに。自然に癒されるな」

 目の前に広がる芦ノ湖を眺めながら、地産地消のイタリアンランチをいただく。職業柄、自分で作った料理ばかり食べているから、久しぶりに誰かが作ったご飯を食べるのは楽しくて仕方がない。

「このパスタ美味しい!」
「そうだな、サクラマスなんてはじめて食べたかもしれない」
「私も。クリーム系だから臭みがないのかな。それにしてもこのソース、すごくコクがあるけどなんだろう……味噌、かな? いや、それならすぐわかるような……」

 あまり食べたことのない味に、ついレシピを想像する。真剣に悩んでいると、伊織さんがクスリと笑みをこぼした。

「本当に、緋真は料理が好きなんだな」
「ごめんね、つい……。すぐ仕事のこと考えちゃって」
「いや、いいさ。緋真の何かに夢中になる姿は好きだから」
「あ、ありがとう……」

 話の流れ的に大した意味はないとわかりつつも、伊織さんに「好き」と言われると、ドギマギしてしまう。仮にも私たちは夫婦で、こんなことで動揺していられないのに。
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