片恋慕夫婦〜お見合い婚でも愛してくれますか?〜
「なんか照れくさいな。そういえば、伊織さんはどうしてお医者さんに?」

 神花リゾートの御曹司でありながら、彼がなぜそのポジションを手放し医師を目指したのか。気になってはいたけれど、ちゃんと聞いたことはなかった。

「そうだな……誰かの人生を生きやすくさせてあげたかったから、かな」
「生きやすく……?」

 ありがちだが、誰かの“命を救いたい”ということではないのだろうか。少しニュアンスが違う気がして首を傾げる。

「俺の診療科は直接的に命に関わることは少ないんだ。その分、患者がこれから歩んでいく人生に深く関わると思ってる。外見っていうのは一生を左右するものだから、俺としては可能な限り傷や病気を治療して、生きづらさをなくしてあげることができたら本望だよ」

 伊織さんの言葉は、胸の深いところに落ちていった。背中にコンプレックスを背負う私には、痛いほど気持ちがわかったから。

「そう思ったきっかけは――」
「きっかけは?」
「いや、単純なことだよ。小さいころ事故に遭遇したとき、怪我人を前に無力な自分を感じて……自分が救える立場になれたらって強く思ったんだ。だから昔から会社を継ぐなんて考えはまったくなかった。医学部を志願したときも、両親は何も言わなかったくらい。周りには勿体ないなんて言われたこともあったけど」
「……すごい。それじゃあ伊織さんも、小さいころの夢をそのまま叶えたんだね」

 幼いころに夢見たものなんてぼんやりとしていて、多くが儚く散ってしまうのに。互いに実現していることは、奇跡にも思えた。

 それにしても、伊織さんの経歴は何度聞いても耳を疑うほどだけれど。

「……ああ、そうなるな」

 伊織さんはそう呟いて食事へ視線を戻す。理由はわからないが、その表情がどこか寂しそうに見えた。



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